父の昆布巻き:松田良弘
父の作る「昆布巻き」が絶品でした。具はにしんだけで、味付けは適当、こだわりと言えば、七輪で三日間ひたすら煮込むことぐらいです。とろとろになるまで煮込まれた昆布巻きは、箸で掴むことも難しく、スプーンですくって、そのままご飯の上に乗せて食べます。口に入れれば、昆布は溶けていき、にしんも噛まずに無くなります。この昆布巻き丼は我が家の名物料理で、私達家族はよく父にねだっていました。父も嬉しそうで、仕事で連休が取れた日などに、朝早くから庭に七輪を出して、ひたすら火の番をしていました。煮込みが深くなってくると、庭は良い匂いに包まれてきます。私達も庭に出て、まだかまだかと、いつも鍋を見つめていました。
私は高校生になった頃、思春期のご多聞に漏れず、親とはあまり話さなくなりました。父ともなるべく顔を合わさないようにしていましたが、父は相変わらず、昆布巻きを作っていました。私は無言でそれを食べ、無言で席を立っていました。父も何も言わず、ただもくもくと、昆布巻きを食べていました。高校を卒業して、私は地元の市役所に就職しましたが、一年過ぎた時に、追い続けていた夢の世界に飛び込もうと思い、仕事を辞めることにしました。もちろん親は大反対。私は父と大喧嘩をしましたが、勝手に辞表を出し、そして家を出ることにしました。
旅立ちの朝、庭では父が昆布巻きを火にかけていました。私はいつもの匂いの中の父の後ろ姿に、何か言おうと思い、もぞもぞしていると、「食べて行け。」父は振り向かずに、続けて言いました。「どんぶり飯を持って来い。」台所から、丼にご飯を入れて父に持って行くと、出来たての昆布巻きを乗せてくれました。涙を抑えるように私は昆布巻き丼をかき込みました。相変わらず美味しい。これをもう食べられなくなるかもしれないと思うと、自分の決断が正しいのかどうかが、分からなくなってきました。「この昆布巻きは、火加減が決め手なんだ。火が強すぎると、焦げたり煮崩れを起こす。火が弱すぎると、こんなとろとろにならないし、味も濃くならない。だから常に火を見ていなければいけない。まあ、人生も火加減も気をつけろってことだ。成功は焦らずじっくり煮込んだ先にあると、俺は思う。」父の口から、初めてこんな言葉を聞きました。私は驚きましたが、父が私に向けた顔は、照れくさそうに笑っていました。
「たまに食べに帰って来てもいいかな?」私は恐る恐る父に聞きました。「調子にのるな!次に食べる時は、“頑張った”という調味料を持って帰った時だ。その調味料で、この昆布巻きはもっと旨くなる!」父はそう言うと、もう一つ昆布巻きを丼に乗せてくれました。父の言葉が、昆布に巻かれて胸に溶けていきました。