カツ丼:竹内祐司

 2人の娘がいる。2人とも今は就職して家を出ている。そんな娘がたまに休みに家に帰ってくる。いっしょだったりばらばらだったり。泊まっていったり、顔だけ見せて帰っていったり。
私と妻が仕事が休みの日曜日の朝。2人が予定をあわせてやってきた。妻が「昼は何か食べに行く?」というと、下の娘が「カツ丼が食べたい!」と言った。上も「私もカツ丼がいいな」と同意した。下の娘は、ドラマでおいしそうなカツ丼が出たのを見て、ずっとカツ丼の頭だったのだという。ドラマに出たのが、大トロ丼とかじゃなくてよかった、と私が言うと、妻が「ほんとだ!」と手を打って笑った。
 私たちは、歩いていける近所のとんかつやさんへ話をしながら行った。おなかが減ったら余計においしくなるよねと娘2人は、笑顔だった。のれんをくぐり、店員のおばちゃんがやってきて注文を聞くと、下の娘が「カツ丼四つね」と言った。おばちゃんは笑顔でそれを復唱した。決して行列ができるようなお店ではないが、そこそこ平均点の味でそこそこおいしい、いいお店だ。
カツ丼が運ばれてきた。ふたをあけると、湯気があがり、香りがした。うーん!4人が同時に歓声をあげ、食べはじめた。しばし、黙って食べていると、上の娘が私に言った。「お父さんはこうやって食べたり待ったりしているあいだ、のぞいていたんでしょ?」
私は、え?という表情をした。妻がくすっと笑った。私は「あの話をしたの?」とたずねると、妻は笑いながらうなずいた。
 私が大学生のころ、妻とつきあいはじめた。妻は既に食堂で働いていた。出会いは食堂ではなかったが、私は、妻に会いたくて、毎日、お昼過ぎにそのお店に行った。大学から歩いて数分で、三時限目の終った3時ごろ、食べに行ったのだ。注文するのは決まってカツ丼。その店はほかのメニューもおいしかったが、カツ丼が絶品だった。そして、食べながら頭を少し下げると、厨房で働いている妻と目があうのだ。そしてお互い周囲にわからないように、ウインクをした。
いつも通っていたから、注文をとりにくるおばちゃんも顔をおぼえてくれた。「今日もカツ丼でいいの?ありがとね」などと言いながら、自分と同じくらいの息子がいるなどという話をするようになっていた。
 妻が結婚してその店をやめるという話を店にして私が行くと、私の素性は既にばれていて、おばちゃんは「なんだ!カツ丼が食べたかったんじゃなかったんだね」と爆笑していた。そんな話を妻はよく娘たちに小さいころからしていたから、娘たちは、のぞきこまないの?などというのだ。
 今はもう当時のようなときめきはないけれど、カツ丼みたいな、平凡だけどおいしいなあという夫婦になれたと思っている。

 

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