「老後の初心忘るべからず」世阿弥の言葉に観る「能」の世界

日本の古典芸能のひとつである「能」。難しいと思われがちですが、「謡(うたい)」と「囃子(はやし)」の演奏にのせ、舞踏的な動きで物語が進められるその演出は、ミュージカルやオペラによく似ています。

また、能の大成者である「世阿弥(ぜあみ)」の言葉にある「老後の初心忘るべからず」が示すように、老後にふさわしい芸を学ぶ、習い事としてもおすすめです。観て楽しい、習ってためになる、能の魅力をたっぷりご紹介しましょう。

日本の元祖ミュージカル? 能の魅力

室町時代から続く伝統芸能である能。その源流は奈良時代に大陸から伝来した「散楽(さんがく)」にあるとされています。これが時代の流れとともにかたちを変え、室町時代に世阿弥によって大成されたといわれています。

能の特徴は、歌に踊り、芝居とひとつの舞台でさまざまな伝統芸能を楽しめること。「シテ方」と呼ばれる主役と「ワキ方」と呼ばれる脇役、音楽を担当する「謡」と「囃子」によって展開されていきます。ちなみに「能楽」とは、能の構成にナレーションとなる「狂言」をくわえたものを指すのが一般的です。

シテ方やワキ方は、お面を被って芝居をしますが、お面の種類によって役を演じ分けたり、喜怒哀楽を表現したりします。シテ方は若い女性や老女、少年を演じることもあり、脇役は老人、神仏、仙人、亡霊などで脇をかためます。

能の物語は古典文学を材料にしたものが多く、言い回しも独特。平家物語や今昔物語など、室町時代に庶民の間で人気があった演目は、比較的わかりやすいので初心者にもおすすめです。

なにはともあれ、能を観に行ってみよう!

能は、芝居・音楽・舞踊が楽しめる、さながら日本の元祖ミュージカルと言っても過言ではありません。ある程度の予備知識さえあれば、舞台で繰り広げられる時代絵巻を余すことなく楽しむことができます。

能は「能楽堂」と呼ばれる専用の舞台で上演されます。最も有名なのは東京都渋谷区にある「国立能楽堂」。役6m四方の本舞台と、左に延びる廊下のような「橋ガカリ」の2つの空間から構成されています。

能楽の公演は能と狂言の2部構成で組まれていることが多く、上演時間は2時間に及ぶことがあります。観たい演目が決まったら余裕をもってスケジュールを組むようにしましょう。また、次にあげる観劇する際のマナーをチェックしておくことも忘れずに。

能の鑑賞マナー

  • 服装

非日常的な世界を体感できる能。ドレスコード(服装の決まりごと)はありませんが、ちょっとおしゃれをして出かけるとよいでしょう。ノーネクタイでも問題ありませんがジャケットを着用。帽子は脱ぐのが基本です。

  • 拍手・物音は立てない

シテ方の演技や、謡、囃子ですべてを表現する能の舞台では、余計な装飾がなくいたってシンプルです。世界観を大切にするためにもおしゃべりは控えましょう。携帯電話の電源を切っておくこともお忘れなく。また、能は歌舞伎と異なり、掛け声や拍手は好まれないという性質があります。自分からは物音を立てないよう心掛け、舞台に集中しましょう。

初心者におすすめの演目

能には独特の世界観や言い回しがあるため、初めての観劇ではストーリー展開がわかりやすい演目がおすすめです。初心者におすすめの演目2つをみていきましょう。

  • 蜘蛛(くも)

源頼光の妖怪退治をテーマにした能。 僧に化けて忍び込み、突然蜘蛛の糸を投げたり蜘蛛退治をしたりするシーンでは、蜘蛛の巣が飛び交う派手な演出を楽しむことができます。

  • 葵上(あおいのうえ)

源氏物語を素材にした能。元・皇太子夫人六条ノ御息所をはじめ、女性の執念深い嫉妬が主題となっています。嫉妬に狂った姿のなかにも気品が漂う演技に注目で。後半にある怨霊と行者が争うシーンも必見。

初めての能は、雰囲気だけでも十分に楽しむことができますが、演目のあらすじや見どころを知っておくことでより理解が深まります。

習い事としての能の魅力

能は、舞や囃子で使われる楽器(笛、太鼓など)や謡を習い事としてたしなむことができます。能の大成者である世阿弥は、「老後の初心忘るべからず」という言葉を残しています。

この言葉には、未熟な若き日を終え壮年期から老後に至るまで、それぞれの段階で年相応の芸を学び身につけることで、新たな境地を開くという意味が込められているといいます。

老いてもなお、初めて遭遇することや対応しなければならないことがあります。年齢を理由にあきらめるのではなく、初めてのことをその都度乗り越えなければならないことを世阿弥は芸を通して語りかけているのではないでしょうか。

お面を被った役者、謡、囃子と、それぞれの魅力を総合的に楽しむことができる能。最初は難しいと思うかもしれませんが、実際に足を運んでみると、その奥深い世界に魅了されるはず。「老後の初心忘るべからず」の心で新たな扉を開いてみてはいかがですか?

参考:

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