祖父母からの贈り物:竹渕舞

 私が小学校に入学して初めての冬休みを迎えた時、祖父母が家の庭にユスラウメの苗を植えてくれた。「春には綺麗な花が咲くからね。楽しみにしていてね。」と祖母は言った。名前からして「梅干しがいっぱい作れるのかな」と私は期待しながら春の訪れを待ち望んでいた。
 3月になり下校時間が早まっていく。そんなある日、いつも通り正午になる前に帰宅した私はユスラウメの花が咲いたことに気づいた。ほんのりとピンクに染まった花びらが風に揺らされヒラヒラと落ちていく。雌蕊は鮮やかなピンク色なのでグラデーションの花がパッと簡素な庭に色を付ける。私はこの一枚の絵画の見事な出来栄えに嘆賞する反面どこか感傷的な気分になった。すると網戸から母が顔を覗かせ「なんだかお祝いされているみたいじゃない」と微笑んだ。そうか、と思った。
 制服の袖を捲くるようになったとき、気が付けば新たな絵が出来ていた。咲き誇っていたものは跡形もなく無くなった代わりにプツンとウメというよりサクランボのような赤い実が出来ていた。クリスマスの飾りのような生い茂る葉の中央に凛とした姿がアクセントになっている。家にいる母を呼びに行くと、ダイニングテーブルの上に置かれたボールの中に、さっきのサクランボがツルツルとしたボールに反射して、まるで宝石箱の中を開けた時のようだった。
 「早く手を洗っていらっしゃい。今からこれを使ってジャムを作るよ。」と呼びかけられたので、ランドセルを下ろし普段着に着替えた私は母とキッチンへ向かった。ユスラウメに付いた水滴が澄み切っている。それを砂糖と一緒に鍋に入れ木ベラで軽く潰す。煮ている間に取り分けて置いた分から食べてみると皮から弾けたフルーツの甘酸っぱさが口に広がり空っぽのお腹を幸せにしてくれるのだ。しんみりと味わっていると母に催促されザルを持ちながら裏ごしして種を取り除きさらに煮詰めてとろみをつける。その間に母が出来たての食パンを買ってきてくれたので、私もポットのコンセントをさし、ティータイムの準備をした。火を止めビンに詰めてテーブルに持っていく。カットされたパンにジャムを付けてサクッと一口。生地に染み込んだジャムの甘さとユスラウメの香りが私の嗅覚を刺激する。
 普段仕事で忙しい母とゆっくりとお茶を飲むのは久しぶりだった。切なさを感じたのは母と過ごす時間が減っていたからかもしれない。眠そうな目をしながら朝食を作っている母だが今日はパチパチとした目でこちらを見ていた。
「すごく美味しい。」と言うと、母はにっこりと太陽のような温かい声で「また作ろうね。」と約束してくれた。フレッシュなジャムからほろ苦さを感じた午後のひとときだった。祖父母が小さなユスラウメを通して、私と母との間隙を充たしてくれたことに感謝し、そのジャムを頬張った。

 

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